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「アワーミュージック」

私用をいろいろ片付けるため、1日休暇をとってあちこちまわっている途中、日比谷でぽっかり時間が空いてしまった。歩き回った後で買い物するのも疲れるし、ちょうど近くに映画館があったから、入ってみる。

上映されてるのは、「四月の雪」と「愛をつづる詩」と「アワーミュージック」と「マザーテレサ」…うーん、あまり選択の余地なし。とりあえずぺー様は論外だし、「愛をつづる詩」はサリー・ポッター監督作品っていうだけで受けつけないし(この人の映画は一作観ただけで個人的に無理だと思った)、「マザーテレサ」はあんまり興味も持てないうえ時間が合わない。というわけで、ゴダールの「アワーミュージック」(原題:Notre Musique ってことはHourじゃなくてOur Musicなのね)を鑑賞。

あー、しまったと思いました。これってゴダール映画のファンが、待望の新作!とかいって遠くからでもはるばる観に来るような作品だよね。自分みたいに、ゴダール?フランスの巨匠だっけ?という程度の人間が恐れ多くも暇つぶしに観るもんじゃない。ただただすいません…な気分だった。

案の定、内容はさっぱりわからない。でも、すごく久々に大学に戻ったような気分が味わえた。難解だけど、貴重な教授の講義だから真剣に受けなくちゃと思いつつ、気がついたらうつらうつら、みたいな状態(笑) 実際、今より多少なりとも知的好奇心のあった学生の頃だったら、もう少し得るものがあったのかもしれないけどな…。

映画は3つのパートに分かれていて、最初が“地獄”編。古今東西の戦争の映像が次々に映し出される。ピアノの不協和音が神経を逆撫でするように響き、映像は凄惨というより、時々美しく見えて空恐ろしい。

次の“煉獄”編では、サラエヴォを訪れたゴダールとジャーナリストたちの対話が繰り広げられる。実在の知識人が数人出てきたようだが、当然勉強不足の私は誰も知らず。話の内容もほとんどわからず。しかし、そこにある圧倒的な他者性は、強く心に引っかかる。彼らは、ボスニア紛争のことはほとんど話さない。(「民族浄化」という表現が出てくるが、これも当事者ではない西側の人間の言葉として、意識的に用いられているような気がした。)彼らの関心は、パレスチナ・イスラエルに向いている。サラエヴォの街の喧騒も、静かな怒りを湛えたインディアンの男女の姿も、ここではまるで他人事。ホメロスはトロイ戦争に行かなかった、など、第三者の立場で語ることへのエクスキューズとも受け取れる会話も出てくる。

誰が言ったのか忘れたが、こんな感じのセリフ(かなりうろ覚え)が強烈に印象的だった。「世界は、身の不幸を嘆く敗者と、それを聞いて優越感を持つ者だけに分かれている。」突き詰めれば、今の世の中確かにそうかも。だけど、虚しすぎる…。

最後の“天国”編は、イスラエルで自爆テロと疑われて射殺された若い女性が、明るい森の中を歩いていく情景で終わる。が、自分には彼女の自殺願望は全く理解できなかったし、米兵がいて鉄条網の張られた天国の描写に安らぎも見出せない。

観てよかった、とは思うんだけど…。これだけの内容の重さにもかかわらず、陰鬱な雰囲気は全然なくて、映画館を出る時はなぜか清清しい気分になったんだけど…。それでも映画の宣伝に書かれているような“若い世代へのやさしいまなざし”は、最後まで感じ取ることができないまま。結局、ゴダールのアワ・ミュージックは、悲しいことに自分にとってはユア・ミュージックなのだった。
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「アワーミュージック」

  • 2005/10/29(土) 08:50:03 |
  • NUMB
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