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「マリー・アントワネット」

ソフィア・コッポラ監督「マリー・アントワネット」(Marie Antoinette:2006年米仏日)を観てきた。

私、「ベルばら」って読んだことあるんだけどほとんど覚えてないんだよね。覚えてることといえば、高校の頃、一緒に読んでた友人の中にちょっと不思議な感性(って私に言われたくはないかもしれないが)を持った子がいて、ある場面で大爆笑してたことだけ。どういう経緯の場面だったかもう忘れたけど、火事だかなんだかで武器庫か何かに火が移ってさあ大変みたいなコマで、彼女は大ウケしたの。武器庫に積んである箱にわざわざ「火薬」「火薬」(ひらがなで「かやく」「かやく」だったかも)と日本語で書いてあったのがひどくおかしかったんだそうだ。まあ、日本のマンガですから…と普通は流すところだと思うんだが、その笑いのツボのズレ具合が素敵で、以来、私の中で「ベルばら」と言って思い出すものはオスカルでもマリー・アントワネットでもなくて「かやく」「かやく」になってしまったのでした。

どうにもくだらない前振りだけど、要するに言いたかったのは、私は「ベルばら」とかマリー・アントワネットには何のこだわりも関心もなかったということと、人の目の付け所っておもしろいということ。

ついでに言っておくと、ソフィア・コッポラは苦手。「ロスト・イン・トランスレーション」しか見てないから一作だけでの印象なんだけど、描く世界を意地悪く見下してるようなところがあって。セレブ臭が鼻について仕方なかったんだよね。

なんで嫌いな監督の興味もない題材の映画を観に行ったかというと、女友だちで集まってご飯食べるのがメインで、映画はオマケみたいなものだったから、別にいいの。自分ひとりじゃ絶対観に行かないものを観るのもたまにはいいしね。

私にとっては期待通りのツマラナさでした。思ってた通りで、わざわざ書く必要もないんじゃないかってくらい。「見て見てアタシのセンスの良さ。瑞々しい感性ってこういうことなのよね」というソフィアの声が聞こえてきそうな、コテコテに“ガーリィ”で”キッチュ”な世界といい、やっぱり自分の描く対象をバカにしたような態度といい。(まあ、お世継ぎ問題のバカバカしさなんていうのは、ソフィアに言われなくても今の日本を見てるだけで充分だけどね。)

元々ストーリー構築には関心のなさそうな映画だから、マリー・アントワネットの心の成長だとか周囲の人たちとの関係の変化がほとんど見えてこないのは、当然。困窮した民衆の描写が極限まで抑えられてるのも、お産直後の子がくちゃくちゃの赤子じゃなくてフランス人形みたいにこぎれいなもの、「アタシの映画に汚いものなんて出したくないの」という態度が貫かれていて、むしろ潔い。まったく、ここまで自分趣味を貫けば立派だと思う。全部仕方ない。これは究極のセレブリティ、ソフィア・コッポラ嬢の映画なんだから。いいんじゃないでしょうか。

ただひとつ想定外だったのは、意外と観る側に体力を要求する映画だったってことかな。ヴェルサイユ宮殿のげんなりするほどキラキラゴテゴテした装飾がうるさすぎて、目が疲れた。人物と小物と壁紙が全部チラチラしててほぼ一体化しちゃってるし。時間も思ったより長くて、眠くなってくるんだけど音楽がやかましくて眠れもしない。無意味にぐったりしました。

そういえば一番意外だったのは、一緒に居心地悪そうに観ていた友人のひとり(冒頭の「かやく」「かやく」の彼女とは別人です念のため。)の感想だったかも。いわく、朝食のテーブルに載ってる巨大な魚にエビが刺さっていたのが気持ち悪くて印象的だったんだそうだ。私それ、完全に見逃していたんだよね。そんなのどこに出てきた?て感じ。しかも、ラストの方の朝食シーンでは、魚に刺さってるのがエビの代わりにキュウリになっていて財政の悪化を表現していたのが笑えたんだって。その観察力に脱帽。同じスクリーンを見ていたのに、自分には全然見えてなかった。目の付け所だよね。
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