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Storytellers Cafe

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Jukebox

「街のあかり」の余韻に浸りつつ、映画館で購入したアキ・カウリスマキのサントラ集“Jukebox -Music In The Films Of Aki Kaurismaki”にどっぷり浸っています。このCDをかけただけで、部屋の空気が変わってしまうような。トータル・カウリスマキな世界。

デビュー作から最新作までのアキ・カウリスマキ映画で使用された音楽から、厳選された全46曲。編纂したのがアキの盟友とのことで、ツボを押さえたさすがの選曲です。“虹の彼方に”や“雪の降る街を”はもちろん、ジョー・ストラマーの歌う“Burning Lights”とか、赤軍楽団のおっちゃんの熱唱“Dark Eyes”とか、「ラヴィ・ド・ボエーム」に出てきた素敵に凄まじい前衛音楽まで入っていて、そこまでやりますか、と。

個人的に惜しいのは、ニッキー・テスコの歌う“Born to Be Wild”がなかったことくらいでしょうか。“Thru' the Wire”が入っていたのはうれしかったけど、これも歌ってるのはテスコじゃなくてレニグラボーイズかな?レニグラといえば、おなじみ第49集団農場の“Ballad of The Leningrad Cowboys”と、「モーゼに会う」の迷曲“Nolo tengo dinares”が入ってるのが良いですね。テキーラでやさぐれたメキシコ部が好きです。

レニグラと並んで、アキの映画でよく使われている(大抵ろくでもない場面で流れる)メルローズの曲も収録。「ハムレット・ゴーズ・ビジネス」の時は、やさ男風の兄ちゃんが今どきないだろってノリで激しく歌っていたのが微妙な印象だったけど、そんな彼らも「街のあかり」のライブシーンではなかなか骨太な感じになっていて、おお、と思いました。

それにしても、これだけ幅の広い音楽を起用していながら、全曲しっかりスマキ色に染まってるのがすごいなと。どの曲も、渋くて脱力でヘタレな感じがする。聴いてる方にも無口無表情が伝染してくるような。というわけで、感想もいつもの自分より若干短めです。

マッティ・ペロンパーを気取ってひたすらウォッカを煽りながら聴くもよし、ベッドに入った後に聴きながらカティ・オウティネンの気分で眠りにつくもよし。
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「街のあかり」

アキ・カウリスマキの最新作「街のあかり」(Laitakaupungin valot:2006年独仏フィンランド)を観てきた。

…。終わった後、思わず映画の登場人物並みに無口になる。どうしてこんなに、たまらない映画なんだろう…。

(以下、少々ネタバレあり)

「浮き雲」「過去のない男」に続く“敗者三部作”のラストを飾るに相応しい、負け犬映画。主人公の負け犬っぷりときたら、ちょっと前例が思い浮かばないくらい完璧なものでした。アキの映画に出てくる顔は、大抵いつも幸薄そうだが、この主人公に限っては、薄いなんてもんじゃない。幸が全くない。あんた、顔に“負け犬”ってでっかく書いてあるよ、と教えてあげたくなるほど。ついでに背中にも“負け犬”って書いた紙を貼られてて、しかもこっちは本人気づいてるのに手が届かなくてはがせない、そんな感じ。だって、数回会った女がおもむろに口を開いただけで、自分から即「別れ話か?」とか言っちゃうんだよ(→しかも的中)。あんた、それが負け犬なんだよーって。もどかしいったら。

そんな負け犬に、不幸が襲い掛かる。次々と。まるで「マッチ工場の少女」並みに悲惨な展開なのだけど、あの少女の場合は、不幸を突き抜けたような潔さがある種の救いになっていて、観ている方も思わず笑っちゃうことができた。今回の負け犬氏にはそんな余裕すらない。かつてのマッチ工場の少女ことカティ・オウティネンが、ハードボイルドな無表情で負け犬氏を見つめるカメオ出演シーンがあるのだけど、そのまなざしが「あんた、まだまだ甘いわね」と言ってるみたいな気がしてしまった。

そんなカティ・オウティネンも「浮き雲」では粘り強く成功を手に入れたし、「過去のない男」も、どん底の生活でも希望を失わず積極的に生きていた。「街のあかり」の負け犬氏も、基本的な姿勢は彼らと変わらない。起業しようなどという無茶な夢を抱いてあれこれ努力はするし、どんなに裏切られても愛した女をかばい続けるし、どんな不運に見舞われてもめげたりしない。なのに、前二作と決定的に違うのは、何ひとつうまくいかないというところ。これはいったい、どういうわけなんでしょうか。

考えてみると、「浮き雲」「過去のない男」は、アキの映画にしてはずいぶんハッピーな展開だった。(そのハッピーの度合いが、一般的な価値観よりはだいぶ低いところにあるとしても。)苦境でもポジティブに生きる主人公の、サクセスストーリーと言ってもいいような感じで。だからといってそれは、アキ・カウリスマキが若い頃よりこの世の中に対して楽観的になったとか、そういうわけではないように思えた。むしろ、悪くなっていく一方の世界で、映画の中くらいは理想的な展開で人々に希望を与えたい、そんな切実さからくる、わざとらしいまでの明るさのような気がした。とすると。今回の、あまりにも救いのない展開は、一向によくならない理不尽な社会を見据えたアキの、一層切実な思いから来ているような気がするんだよね。

現実には、この主人公みたいな状況は稀かもしれない。これはあくまでもフィクションであり、ファム・ファタールやらマフィアやらの出てくる映画的な物語だから。でも、ここまで特殊じゃなくても、私たちの生きる現実に、似たような理不尽はたくさん転がっているんじゃないかと。これをひとつの極端な例え話、寓話として見るのなら。過酷な競争社会で、切り捨てられていく愚直な人間。やせ細った犬のように、ひどい仕打ちにも従順に耐え、辛抱強く生きるしかない。耐えられなくなって反抗心のかけらを見せたところで、すぐに叩きのめされる。それでも、なんとか生き続ける。負け犬にだって、意地がある。

踏みにじられても雑草のように生きていく、負け犬の現実。そこにドラマチックな成功や幸運が訪れることは、たぶんないのだろう。それでも、決して絶望することはないよ、とこの作品は言ってくれているようで。握った手のほのかな温もり。朝の薄い光。ささやかな、吹けば消えてしまうような灯であっても、それを支えに人は生き続けることができるのだから。もしかしたらこれは、厳しい現実を生きる負け犬に共感を寄せ続けたアキ・カウリスマキが辿り着いた、究極のオプティミズムなのかもしれない。

あのソーセージ屋のおねえさんとパユがいれば、どんな世界でも生きていける気がしてきます。

Super Taranta!

Gogol Bordelloの最新アルバム“Super Taranta!”聴いてます。

ノースモとGogolの新譜が続けて来るなんて、まるで盆と正月と葬式と結婚式がいっぺんにやって来るような騒ぎ!と、期待していたんだけど…今回のGogol Bordelloは…うーん…イマイチ?

この一言を言いたくなくて、慣れれば気に入るかもしれない、と繰り返し聴いてるんだけど。んー。残念ながら、あんまり好きになれんわ。初期のアルバムよりはいいと思うけど、最近の“East Infection”、“Gypsy Punks: Underdog World Strike”と比べると、ピンとくるものがない。曲調は大体変わらないし、アグレッシヴさにおいては前2作を上回っているかもしれないし、悪くないと思う。なのに聴き終わった後、耳に残るものがないんだよね。一番心に残った曲が“East Infection”の収録曲のアレンジっつーのは、なんかマズイのではないかと。(しかも原曲のがずっと良かった。)

今までと曲調が違うなら、彼らの方向性が自分のテイストには合わなくなってきたんだな、ということで納得もできるんだけど、聴いてる限りそんな感じでもなく。これって、酷な言い方をするとマンネリ?という気も。なんだか全て、毎度おなじみのヒステリックなサウンドにのせてユージーン・ハッツが暑苦しくぎゃーぎゃー叫んでるだけに聞こえてしまうんだよね。タランタランタ歌われても何かが足らん!と、思わずベタなオヤジギャグのひとつも出てしまうというもの。どこかハジけ足らんというか…だって今回、踊りたくなる曲が1曲もなかったんだもの!(←個人的に致命的らしい。)

歌詞もねぇ。元々、一本調子なところがあんまり好きじゃないと前に書いた気がするけれど、今回はその傾向が一層顕著で、ノレないんだよね。ハッツの言いたいことは解るし、まあ真っ当だとも思うけど。WE vs THEM みたいな図式、そろそろ卒業してもいいんじゃねーかと。結局、THEYを批判することで“こうして反抗しているUS/MEの正当性”に落ち着いてしまうのは、なんかちっちゃい感じがするんだよね。こういうピュアな反抗心に共感できるには、私の気持ちが年を取りすぎているだけかもしれないけどさ。引き合いに出すのもアレだけど、似たような境遇でも、ハッツのお友だちKultur Shockのジノさんなんかはその点、大人だなと思うのだ。ハッツだと“I don't read the Bible!”になるところを、“God is busy, may I help you?”だもん。このくらいでっかく構えてるのが愉快な大人だよね。

なんか思いもよらずハッツ批判みたいな口調になってしまったけど、こればっかりは元々の好みの問題かもなぁ。まあ、楽曲に関しては、今までが完全にツボにはまってた分、今回は期待が高すぎたということで。初めて聴くのがこのアルバムだったら、普通にこれイイねと言ってたのかも。とはいえ、これから初めてGogolを聴く場合には、これより“Gypsy Punks”の方が断然お薦め。

ちなみに今回のアルバム、全曲Gogol BordelloのMYSPACEで試聴できます。

しかし、今回最もインパクト大なのはジャケットの色。画像だとおとなしい黄緑色に見えるけど、実際はこの世のものとは思えないような、心臓に悪いほどドギツイ蛍光色っす。実物をお見せできないのが、残念です…。


Super Taranta! Super Taranta!
Gogol Bordello (2007/07/10)
Sugar Daddy

Time of the Gypsies

大体、リメイクっていうとそれだけでネタ切れですか?と思ってしまうのは、昨今の映画産業を見れば無理もないことかと。だから、エミール・クストリッツァが若い頃の傑作「ジプシーのとき」(Dom za vesanje:1988年ユーゴ)を自らリメイクするという話を聞いた時は、正直あんまり嬉しくなかったんだよね。ついにこの人まで…と。

そもそも「ジプシーのとき」っていうのは、なぜか日本でDVD化されていないので廃盤のビデオをレンタルして観たんだけど、いろいろあってクストリッツァがブチ切れる以前のわりと真っ当な作風で、貧困や人身売買の問題を背景に、貧しいジプシーの少年の悲恋と彼が巻き込まれていくゴッドファーザー的マフィアの世界を描いた悲劇。非常に重たい内容でありながら、ユーモアが効いていて、それでも最後は号泣させられるという名作で、今更どこに手を加える余地があるの?と疑問に思ったわけですが…

そこはエミール御大。リメイク版は映画ではなく、ノー・スモーキング・オーケストラによる前代未聞、全編ロマ語の“パンクオペラ”というから度肝を抜いてくれました。だってパンクオペラだよ?なんだか意味分かんないけど、そのトンデモな匂いだけで誰も文句言えませんわ。しかも、初演はオペラ・バスティーユ。こんな冗談みたいな企画をここまで壮大なスケールで敢行できるのは、世界広しと言えども“エミールとゆかいななかまたち”だけ!御大やりたい放題だな。

と、憎まれ口を叩くのも、実を言うとわたくし血迷ってはるばるフランスに観に行くつもりでチケットまで手配したのに、職場で休暇が認められず断念させられて、ひどくご機嫌斜めなんですのよ。だから、今回のオペラのサウンドトラック“Time of the Gypsies”も、複雑な気持ちで買ったんだよね。今頃は生で観れたはずなのに、CDだけ聴いても余計にフラストレーション溜まりそうじゃん。そうはいっても、ノー・スモーキング・オーケストラの約1年半ぶりのアルバム。聴かずに我慢できるわけもない。

しかも、今回の“なかまたち”は一味違う。数十人の交響楽団やら女性コーラスグループやらを従えて、無駄にスケールアップしたド迫力編成。それはちょうど、レニングラード・カウボーイズが赤軍楽団と手を組んだかのような。トータル・バラライカ・ショーですか。そんな皆さんのご様子はこんな感じ。なんだかメルヒェンの世界です。この人たち、もう二度と普通のロックバンドには戻れんだろうな…。

というわけで、初めっからトンデモくるぞくるぞ~と半分怖いもの聴きたさ?で手にしたCDですが、ええええええ、なんかこれ…すんごいね。

いつもながら、こちらの予想を遥かに超えるものすごさ。ハマる人しかハマらない、そしてうかつにハマると抜けられなくなるノースモワールド。今回はジプシーミュージックをベースに、作品の舞台がミラノなのでイッタリアーノな歌劇風、ついでにタンゴ・アールゲンティーノ!テンコ盛りのsvetska muzika (=world music)に襲われて、体が勝手に踊っちゃっておまけに鼻血が出てしょうがない。こんなの人前じゃ絶対聴けまへん。そういえば、 強烈にゴキゲンな“Evropa” という曲に聴き覚えがあるなーと思ったら、やはり私的ご贔屓バンドKultur Shockの“How to Fucc Songs & Irritate Musicians”というトンデモソングと同じ旋律だったので嬉しくなりました。(パクリじゃなくて、同じ伝統曲を採り入れているという意味。)さすが同郷。

そして、ミュージカルナンバーのすんばらしいこと。それはもう、アラン・メンケンばりに良きミュージカルとはこうあるべし、を実践していてすんばらしい。若干トチ狂ったメンケンかもしれませんが。歌詞がまたすんばらしい。主題は重たいのにノリはアホ。潔くていいですね。キャスト(歌い手)も皆、強力ですよー。歌だけでこんなにキャラ濃いいってどういうことでしょうか。ねえデヤンさん。

聞くところによると、演出もすんばらしくヤバそうです。人間やセットが宙に浮くわ、ジャグラーやらアクロバットやら、本物の犬とかガチョウの群れまで出てくるわ。打倒シルク・ドゥ・ソレイユ!と、御大が言ったかどうかは知りませんが、それはオペラじゃなくてサーカスです。なんでもパリではバカウケで、連日スタンディングオベーションなんだってさー。ちぇー行きたかった。


Time of the Gypsies Time of the Gypsies
Original Soundtrack (2007/06/26)
Universal/Decca

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