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Storytellers Cafe

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Dlya Millionov

Leningradってバンドの曲を聴いてます。

レニングラードといっても、カウボーイズに非ず。ペンギンブーツも履いてないし、頭も尖ってません。まあ、大所帯ってところは共通だけど。こちらは15人編成のロシアのスカバンド。15人も必要なのか問いたくなるのはともかく(だってねえ、マラカスだけやってる人とか、ねえ…)、昨年の個人的ヒット映画「僕の大事なコレクション」のサントラに参加してたので知りました。イライジャ・ウッドがイモ落とすシーンとかで流れてた、確か。個人的には、物悲しくって困っちゃうサントラの中で救いになっていたのが、このLeningradのブンスカ音楽。踊れるんだよねぇ。この手のご多分にもれずオパーとか言ってて。

で、彼らの他の曲も聴いてみたくなって調べてみると、公式サイトがロシア語ドイツ語のみ…わっかんねー。アルバムも、各国版があるせいかやたらたくさん出てはいるけど、正直何を聴けばいいのかわかんなくて、とりあえず、最新と思われる2005年リリースの“Hleb”っていうのを購入。そしたら、なんか期待してたのと違うのよこれが。ミクスチャーには違いないんだろうけど、ラップとかの要素が強くて、あの哀愁のブンスカはどこへ!?オッパーはどこへ!?と。

そんなわけでしばらくLeningradには関心がなくなってしまったんだけど、ふと考えてみると、「僕コレ」のサントラで使われた曲は99年のアルバムに収録されてるもの。初期のアルバムの方が自分好みなんじゃん?で、性懲りもなく購入。ただし、簡単に入手できるアルバムは一番古いもので2003年の“Dlya Millionov”だったんだけど。こちらがまだスカ重視の曲が多くて、なかなかに自分好み。オパーも出てくる。(ちなみに、それ以前のアルバムはロシア語公式サイトで試聴、相当に自分好み路線。)

好みといっても、ベタな曲調がなぜかツボにはまる時とドン引きになる時があるんだけど、まあいいや。なんか初期のGogol Bordelloみたいなダサさというかなんというか、聴いてて時々遠くに感じるんだけど、最近、ある程度の距離感というのもそれはそれでいいと思えるようになって。ところにより踊ります。というわけで、「僕コレ」でLeningradを気に入ったら“Hleb”じゃなくて“Dlya Millionov”を聴くべし。

アルバム毎に全然違うジャンルを平気でやる傾向って、この辺の人たちにわりと共通しているような。そういえば、そっちの方面のどなたか忘れたが(こういうことを言いそうなのはKultur Shockのジノ氏あたりな気がするが)誰かが言ってたけど、音楽をジャンルで分けるっていうこと自体が商業的発想から生まれたものなので、かつての東側ではそういう概念が存在しなかったとか。ふーん、そんなものかもね。

このLeningradって、ロシアでは超メジャーらしくて欧米にも進出してるんだけど、モスクワではライブ禁止令出されてるらしいです。なんでも、言葉が汚すぎるんだって…。と言われても、ロシア語解らないからねぇ。メッセージ性が強いと言われてる“Hleb”の良さがわからないのも、歌詞が解らないせいだなきっと。彼らが使ってるMAT(ロシア語のスラング形態)って、ラップとかに通じるものだと思うけど、イメージ的に英語のswearwordsなんかよりもっと汚そうな気が。知らずに口ずさんでると、とんでもないこと口にしてたり。


Amazon.co.jpには“Hleb”しかありません…
Hleb Hleb
Leningrad (2006/07/03)
Eastblok

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「パリ・ジュテーム」

パリ・ジュテーム」(Paris, je t'aime:2006年仏独・他)を観てきた。思いがけない、至福のひととき。

とにかくスクリーンでブシェミを拝めればいいや、なんてフザケた気持ちで、期待はしてなかった。世界の有名監督がパリの各地区を舞台に撮った、各5分全18話のオムニバス。5分なんて予告編程度の長さだし、どう考えても監督カタログみたいにしかなりようがないじゃん。しかも全部ラブストーリー。宣伝の感じとか、どことなくあの胸クソ悪い「ラブ・アクチュアリー」みたいでイヤな予感(どんなに評判がよくても、あの映画だけは大っ嫌い)。まあ製作の顔ぶれからしてああはならないだろうけど、小洒落た若者限定みたいな雰囲気になってもイヤだしねぇ。

ところが、そんなこと全然なかったのよ。全て愛にまつわるショートストーリーには違いないけど、そこに描かれる“愛”の懐の深さにびっくり。若者限定じゃない。男女限定じゃない。二人が必要とも限らない。しかも、甘ったるさや押しつけがましさはほとんどナシ。意外にも、揃ったのは現実的でドライで、なおかつ心に響くストーリーたち。

もちろん、18話もあると、中には自分的にダメダメなものもあった。でも、全体を通すといいものを観たなーという印象しか残らない。たぶん、1話5分という制約がうまく作用したのと、各エピソードの順序、全体の構成のおかげ。この企画を実現させたクローディー・オサールって、「アメリ」のプロデューサーとして有名だけど、それ以前に、私の大好きな「アリゾナ・ドリーム」を世に出した陰の立役者でもあるんだよね。いい仕事してる人だなぁ。

全部書くと野暮ったくなるけど、やっぱり書きたい各エピソードの感想。

18区 モンマルトル ブリュノ・ポダリデス監督
慢性的交通渋滞で駐車スペースがない、というパリの現実。単なる観光推進映画じゃないということが、最初からはっきり示される。中盤に来ていたらほとんど印象に残らないエピソードの気がするが、滑り出しとしては上々。
 
5区 セーヌ河岸 グリンダ・チャーダ監督
最近のヨーロッパ映画のお約束、イスラム教徒とキリスト教徒のカップルのお話。とはいえ説教臭さはなく、敢えてきっぱりとした主張も爽やか。この二人、素直に応援したくなった。これから先、いろんな障壁が待っているんだろうけど、乗り越えてほしいなと。

4区 マレ地区 ガス・ヴァン・サント監督
ガス・ヴァン・サントらしい愛のかたち。当然アリだよね、と思うけど、作品としてはちょっと物足りなかった。

1区 チュイルリー ジョエル&イーサン・コーエン監督
うますぎる。コーエン兄弟の映画って、時として過剰さとか完璧さとか意地悪さが鼻につくけど、5分の短編だとわざとらしさもかえって効果的。ストーリーはといえば、いつも通りブシェミがいたぶられてるだけなんだが…。

16区から遠く離れて ウォルター・サレス&ダニエラ・トマス監督
南米系移民のベビーシッターのお話。言いたいことはすごくよく解るし、このテンポも嫌いじゃないが、それだけなのね、という印象も。

13区 ショワジー門 クリストファー・ドイル監督
これはちょっと酷いよねぇ。18編の中で唯一、場違いと思った。早いうちに出てきたから、忘れることができたのがせめてもの救いっていうか。

12区 バスティーユ イサベル・コイシュ監督
5分で語れる話じゃない話を敢えて5分で語ってみました、という感じ。人から、こんな感動する映画を観てきたよ、とあらすじだけ聞いた気分。しかし、あらすじだけでも本当に感動する。

2区 ヴィクトワール広場 諏訪敦彦監督
息子を亡くした母親役にジュリエット・ビノシュ、意味不明なカウボーイ役にウィレム・デフォー。センスいいと思って作ってたんだろうなぁ。正直、監督のひとりよがりという印象で感心できず。

7区 エッフェル塔 シルヴァン・ショメ監督
天敵ショメ、実写でもやはり天敵だった。「ベルヴィル・ランデブー」が好きな人なら、全く同じ空気で楽しめるだろうけど。ダメ…この人の世界観は、私には怖すぎる。どこまで閉ざされてたら気が済むんだよー。

17区 モンソー公園 アルフォンソ・キュアロン監督
ニック・ノルティに騙されました。どうってことないけどちょっとしたサプライズ、素直におもしろかった。5分ならではの遊び心。

3区 デ・ザンファン・ルージュ地区 オリヴィエ・アサヤス監督
女優とヤクの売人の話。センスが合わなかったのか、感想、特に何も抱けず素通り状態。

19区 お祭り広場 オリヴァー・シュミッツ監督
アフリカ系男性の一目惚れの恋。泣かされた。シチュエーションが悲しすぎて反則な気もしたけど、絶妙な構成と切ない歌にやられて涙、涙…。

9区 ピガール リチャード・ラグラヴェネーズ監督
これ、何かへのオマージュ?正直、意味がわからなかった。

8区 マドレーヌ界隈 ヴィンチェンゾ・ナタリ監督
唐突にヴァンパイアの出てくるホラーもの。こんな毛色の変わったのも、ひとつくらいはいいかな。イライジャ・ウッドは、すっかりファンタジーの住人ですね。

20区 ペール・ラシェーズ墓地 ウェス・クレイヴン監督
墓地を観光するカップルの話。これもあんまり印象に残ってないなあ…。とりあえず、こんなに言いたい放題が許される女が羨ましいと思った。

10区 フォブール・サン・ドニ トム・ティクヴァ監督
オチはすぐわかってしまったんだけど。彼女との思い出が走馬灯のように…という部分の映像表現がおもしろかった。最後の一言も好き。

6区 カルチェラタン フレデリック・オービュルタン&ジェラール・ドパルデュー監督
離婚調停のために再開したお洒落な老カップル。あまりにも自分とは遠い話で、ふーんという感じ。

14区 アレクサンダー・ペイン監督
よかった。それしか言えない。言葉にするのがもったいないくらい、胸がいっぱいになった。鑑賞後の幸福感は、この最後の一編に負うところが大きいかも。これを観たら、素直に呟きたくなったもの。“パリ、ジュテーム”って。

「サン・ジャックへの道」

サン・ジャックへの道」(Saint Jacques...La Mecque:2005年仏)を観た。

何も期待しないで観に行ってたなら、おもしろくて素直に驚いたはず。だけど、コリーヌ・セロー監督の作品だから。「女はみんな生きている」の破天荒でパワフルで爽快な作風を最初から期待していた身としては、まあまあでしたね、と若干エラソーな感想になってしまったり。

冒頭のてきぱきした語り口が流石。仲の悪い中年の三兄妹弟が、母親の遺産相続のため、嫌々ながら一緒に巡礼の旅に出る。という状況を提示するのに、面倒な細かい説明は一切なし。それぞれの言い分が一方的にぶちまけられて、たった数分で、状況だけでなくクセの強ーい三人のキャラまでが手に取るように判ってしまう。(クラピッシュの映画でよく見かけるあの人が、だらしないアル中でハマリ役。)一緒に巡礼に出る仲間も、ワケありの面々だから、群像劇でもすぐに誰が誰だか把握できる。

なのに、旅が始まると、どうも話がダレてくる。巡礼している当人たちが乗り気なしでいがみ合ってるんだから、観ている方もダルくなるのは当然といえば当然なんだけど。せっかくの壮大な景色も、ぶーたれた巡礼者たちの視点で見ているせいか、単調で息苦しい。ひたすら野山、岩、牛、羊…動物出てきても、全然心が弾まないのよ。むしろ、田舎道で携帯!携帯の電波が!とそればっかり気にしてしまう心境がよく分かる。なんかこれって、いかにも病んだ現代人を批判されてる感じで、あんまりいい気持ちしないんだよね。各人の病んだ心を表すように挿入される夢のシーンも、シュールさが狙いすぎな感じでちょっとひいてしまう。

そう、いまひとつ気持ちがノレないのは、最初からこの監督の言いたいことと、展開が見えちゃうせいでもあった。険悪な三人の関係が一緒に旅をしていくうちに改善されていき、大自然の中で人間性を回復して…って、そういう展開にしかなりようがないもんね。他の巡礼者たちにしても、抱えてる事情が解りやすいから、こいつとこいつが近づいて、こういう関係になって…と大体読めちゃう。さらに、「イスラム教もキリスト教も、根本的に大した違いはないやねー」というメッセージ。こういってはなんだけど、最近のヨーロッパ映画ではもはや当たり前というかお約束的な気がしない?

とはいえ。後半になって思った通りの展開になってくると、悪い気はしない。これはやっぱり、語り口の上手さでしょうか。わざとらしい美談にはしない、という。例えば、仲の悪かった兄妹は、関係が変化していっても、容易に語り合うようにはならない。アル中の人は、巡礼の旅くらいでお酒を断つことはできない。そのへんの微妙なさじ加減。眠れなくてブチ切れて皆でヤケ踊りするような、おバカ加減。それからおもしろかったのは、ストイックに旅することが賞賛されているわけでもなかったこと。後半、事情により豪華なホテルに泊まるシーンが出てくるが、そこでほっと喜ぶ彼らの姿は否定されたりしない。贅沢を楽しむことが悪いってわけじゃないんだよ、と。

実際、後半になって巡礼の足取りが軽くなると、映画のトーンも軽快になっていく。単純に歩き慣れてきたから、もあるかもしれないが、旅の性質が、ただひたすら辿り着くために歩くことから、道中を楽しむものに変わっていったような。そう考えると前半のダレた単調な雰囲気も、計算済みの部分だったのかな、という気がしてくる。映画として、中だるみを許すって相当リスキーな計算だと思うけど。

映画としても旅としてもゴールが見えてくると、これ、最終地点まで行く必要はないんじゃないかなと思えてくる。辿り着くこと自体が重要なわけじゃないし、その前のところで終わらせちゃった方が、作品として尖った印象になるし。でも、映画は巡礼の旅を最後まで見せてくれて、その上ベタなオマケまである。ちょっとサービスしすぎかな、という気もするけれど、おかげで後味はとてもいい。なんだか、辛口だと思って買ったワインが意外と口当たりが良くて、でもまあこれはこれでよかったかな、みたいな。

イビキの三人組に乾杯。
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