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Storytellers Cafe

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網膜剥離のその後

Blogのアクセス解析を見てみたら、意外と“網膜剥離”で検索されてたみたいなので、いまさらながら強調しておきたいんだけど。剥離を起こしてしまってからでも、手術で元通り見えるようになる方が多いんですよ。

私の場合は、剥離が相当以前からあって、目の大事な部分まで及んでいたから、手術で剥離自体を治しても変視症(ものが歪んで見える症状)が残ってしまったわけです。手術から8ヶ月、あれこれ検査を続けて、ようやく先日「打つ手なし」という結論が出ました。正直、ほっとしたよ。今の症状にはすっかり慣れちゃったし、また手術とかいうことになって入院するのは非常に気が重かったので。

変視症なんていうと「デスクワークの仕事続けていいの?」とか「映画とか観てて平気なの?」とか「ネットやめれば?」とか周りが心配してくれるんですけど、自覚症状としては、そんなに深刻なものではないです。そりゃあまあ、目に悪いことなんてしないに越したことはないんだろうけど。かといって、日常生活を制限してまで「用心せにゃ!」(←なぜか戸田奈津子風)というほどではないかなと。もちろん無理は禁物だけど、あれこれダメだと思ってストレス溜めるより、できるだけ普通に生活したいし。この先、視力が回復することもないだろうけど、急激に悪くなることもないんじゃないかなと、楽観的かもしれないけど予想しています。といいつつ、最近会社が嫌でしょうがないので、目のことを口実に辞めてしまおうかなんていうツマラン葛藤が日々あったりするのもまた事実…。

目が悪くなって良かったことなんて言ったらおかしいけど、ひとつあるとしたら、eBay中毒から完全に抜けられたことですね。昔からのコレクション癖というか、こればっかりはもう、一生治らないんじゃないかと諦めていたんだけど、入院をきっかけに止めたら、あんなに夢中になってたのがウソみたいに、ぱったり関心がなくなってしまいました。よくあんな面倒くさいことしてたなぁと思う。我ながら呆れるほどあった物欲が、どこかへ飛んでいってしまった感じ。

こんなことで教訓くさいことを言うのもアレですけど、人間どこでハプニングがあるか分からない、そして、それが必ずしも悪い方にばかり転ぶわけではないというのは、いえるかもしれんねぇ、と思うこの頃です。

はぁ…。ハワイでも行きたいですね。(唐突だな。)
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「ロシアン・ドールズ」

セドリック・クラピッシュ監督の「ロシアン・ドールズ」(Les Poupees Russes / Russian Dolls:2005年フランス)を観た。同監督の「スパニッシュ・アパートメント」(2002年)の続編として、あのアパートをシェアしていた留学生たちの5年後(実際より時が経ってるぞ)を描いた作品。

おもしろかった。「スパニッシュ・アパートメント」が好きだったので、続編なんてどうなのかなぁーと思っていたのだけど、ちゃんと納得できる。前作の二番煎じやただの後日談に終わらず、5年後という設定が活かされた新しいテーマの物語でした。

無軌道にモラトリアムを楽しんでいた連中が、社会に出て数年後、ひとりの結婚式のためにロシアで再会する。あの頃、貧乏臭く大勢でルームシェアしていたわりには、みんな金に困ってなさそうで仕事も華やかで、そのあたりは映画やねーという感じだけど。元々のキャラ設定がよかったから、この子がこうなったのかーとか、あいつにこんなことが起きるとはねーとか、変化がリアルで楽しい。前作では陰の薄かったオドレイ・トトゥの役に共感した。

まいったのは、主人公グザヴィエの成長のなさ。相変わらず女ったらしでふらふらしてて。前作の頃なら若気の至りで済んだけど、三十路に差しかかってこれはイタイ。数年で人間そんなに変わるもんじゃないよ、というのも現実的ではあるけれど。個人的に、グザヴィエを演じるロマン・デュリスがあまり好かんので、ひたすらデュリスのひとり芝居みたいな展開はちょっと苦しいものがあった(確かに上手いけど、なんか濃いーんだよ)。“留学”と“共同生活”という大枠自体が魅力的だった前作に比べると、ただの日常の恋愛模様みたいな本作はパンチに欠ける気もする。

それでも、2時間10分、ぐいぐい魅せられてしまった。いちいち、いいところついてくるんだもん。それで同世代として身につまされるところがあったりとか、まあ、いろいろとあるわけです。設定そのものはそのへんに転がってる青春ドラマと大して変わらないのに、クラピッシュがおもしろいのは、妙に突き放したリアルな人間描写と、圧倒的に鋭い時代感覚があるところ。

スペインの次はロシアが舞台なんて、狙いすぎな気もするけれど、時代の流れとして正しい選択だと思う。ヨーロッパの動きを確実に掴んでる。そういう舞台設定が心象風景と重なったりするところもうまいし、音楽の使い方もいい感じ。前作はラテン系が入ってたんだけど、今回はロシアに着いた途端ブンスカしちゃって。あと、結婚式で流れる歌がすげー皮肉だった…。

さりげないセリフからも、ヨーロッパの同世代が向き合っている問題とか、今の感覚がひしひしと伝わってくる。自分がもしフランス人だったら、「グローバリゼーションは今や弊害を生むのよ」とか絶対口走ってるだろうし。グザヴィエがよく「混沌の極み」とかつぶやいているように、私たちは人間関係にしても国際情勢にしてもカオスの時代を生きているわけで。そういう意味では、スッキリ爽快にラストを迎えた前作とは対照的に、終わりなんて別になくていいんじゃん?と結末を流してしまうやり方も、時代の流れをよく表わしているような。でも、“ロシアン・ドールズ”(マトリョーシカ)への言及は、ちょっとこじつけかなぁ。

なんか、この調子で終わられると、さらなる続編が作れそうで怖いんだよな。35歳になったグザヴィエが相変わらずふらふらだったら、いよいよ笑えなくなってくる。舞台はどこだろう。東欧の次に来るとなると、バルカン半島あたりでしょうか。

「RENT レント」

RENT レント」(2005年米)を観てきた。

元のブロードウェイミュージカルは未見だけど、たぶんいい舞台なんだろうな、と思わせる映画でした。いいなと思えた部分が全部、舞台の良さっぽかったんだよね。映画化されてこそのおもしろさ、みたいなものはほとんどなかったような気がする。正直、サントラだけ買えば済む作品かも?という思いが何度かよぎった。

それにしても、80年代風ミュージカルの想像を絶するベタさにはまいったね。人が突然歌いだすミュージカルの形式には全く抵抗がないし、むしろ好きな方だけど。思いっきり古臭いロック調で「払えないよ、家賃(レント)!」と来たのには、ガクッとなってしまった。(レントって、家賃以外の意味も込めているんだろうけど。)そういや当時、バンドブームで貧乏アーティストみたいなんが流行ったっけ。思えば80年代末から90年代前半という時代自体、気恥ずかしい時代だった。出てくる問題も、NYの荒廃、貧困、ドラッグ、AIDS…96年の舞台公開時には鮮烈だったんだろうけど。80年代の人たちに「今日を生きろ!」と言われても、ねぇ。

元のミュージカルだったら、あの時代に思いを馳せて観ればいいんじゃないかと思う。ただ、映画作品としてはどうなのかなと。見せ方も、映画としての工夫が足りない感じ。その点、「シカゴ」なんかはすごかったんだなぁとしみじみ思った。あの囚人タンゴの迫力と比べると、「レント」のタンゴシーンの痛々しいこと。あと、抗議ライヴ…見ている方が恥ずかしい。なんとかして…。

唯一、映画の演出としていいなと思えたのは、エンジェルとコリンズがNYの街を歩きながら歌うシーン。映画的で、爽やか。そういえばエンジェルって、「ヘドウィグ・アンド・アングリー・インチ」に出てきたむさい奴が演りたがってた役だったなぁ。確かにいい役だよな。

出演者は揃って上手くて、全編に歌が溢れてて、決してひどくつまんない映画ってわけじゃなかったんだけど。エンドロールで気づけば、周りの若い子たちみんな泣いてたし。素直に楽しめないのはやっぱり自分の感覚が年をとり過ぎてしまったから?それとも、もっと若い世代には80年代末が新鮮に映るのでしょうか…うーん。

いまひとつ入り込めなかったのは、観ている途中で、これって私が好きなアキ・カウリスマキの「ラヴィ・ド・ボエーム」と原作一緒じゃん!(正確には、「レント」の方は原作小説をオペラ化した「ラ・ボエーム」がベース)と気づいてしまったせいもあるかも。「レント」とは似ても似つかない映画なんだけど…一度思い出したら、あの“雪の降る町を”が頭の中で渋ーく鳴り響いて…。どっちかっつーと、そっちのがロケンロールかなと思いました。
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