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Storytellers Cafe

「チキン・リトル」

観た!笑った!以上!(笑)

としか言いようがないよこりゃあ…

期待通り、いや、期待以上かもしれないほど、フルマー&ディンダル印の映画でした。信じがたいことに、ディンダル監督はラマ越えしたと思う。一世一代のおバカ映画だと思っていた「ラマになった王様」。ところが、またやっちまったんだねディンダルさんは。今回はもう、「キャッツ・ドント・ダンス」+「ラマ」のノリに、バカバカしさ120%増量しました!という感じ。オープニングから、へろへろになるほどディンダル節全開!こんなディンダルを野放しにしている(笑)WDFAの懐の深さに、改めて感服しました…すげーーー。

チキン・リトルは、思っていたよりずっと魅力的なキャラだった。かわいい、いろんな意味で。ディンダル作品の主人公では初めて、心を掴まれたかも。あの父さんもいいなぁ。ゲイリー・マーシャル、いい仕事した。期待していた悪役娘のフォクシー・ロクシーとグーシー・ルーシーは、大して出番がなかったので少し残念(でもオチは良かった)。ポーキュパインに至っては、アンタ、そんだけ…?(笑)

でも、脇役を描きすぎないで、あくまで主役の4人組に話を集中させたのは正解だと思う。この4人が、ほんっとにいい味出してるんだもん。あえて思いきりNGな表現をしてしまうと、要するにチビとデブとブスとバカなんだよね。けっこう露骨な描き方だと思うんだけど、典型的なカートゥーンだから許されてるし、こいつらがまた、最高にいいキャラで、いい仲間なの。ニクいよディンダル。ここまで爽やかな負け犬賛歌、なかなかできるもんじゃない。

いつも通り、バカバカしいだけのように見えて言いたいことは言ってるディンダル監督。大作パロディも次々出てくるし、最後のアレなんかキツイっちゃあキツイんだけど、全然嫌味な感じがしなくて気持ちよく笑えてしまうのはこの人ならでは。まったく、無邪気なんだかシニカルなんだか…。

そういえば、「チキン・リトル」が世間で注目されている点、CGアニメーションであることは、観てる間ほとんど気にならなかった。確かにCGであることを活かすために作ったような見せ場も多々あったけど(かつて“アニメーション史上最も安上がりな2分間(だっけ?)”を「ラマ」で誇らしげにやってのけた人とは思えないような…)映像的におもしろかったのは、体が伸びたり目を回したりみたいなカートゥーン的な表現の方だったり。

とにかく、映像表現がどうこう以前にフルマー&ディンダル色が強すぎ。そういう意味では、CG長編第一弾がこれで案外よかったのかも、と思った。気張らずおバカに徹した潔さに乾杯。

具体的なことを書くとすべてネタバレになってしまうのであれだけど、なんだかもう、呆れるほど細かいところまでくだらない笑いが仕込んであるので、1回ではとても消化しきれませんでした。また観たい。何度も観たい。

とりあえずサントラ買おう。
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「ライフ・イズ・ミラクル」 2回目

夏に観たエミール・クストリッツァの「ライフ・イズ・ミラクル」(“Zivot je cudo” / “Life is a miracle”)がまた都内で上映されてる!下高井戸シネマで一週間だけの上映。もうスクリーンで観れることはないと思っていたので、喜んで観に行きました。2回目のミラクル。…うそ。DVDの発売が待ち切れなくてイギリス版PAL DVDを買って観まくり済みだったので、本当は20回目かも。(ついでに告白すると、この映画を原語で味わいたい!という無謀な思いから一時期本気でセルビア語を学ぼうとしたんだけど、名詞が格変化し始めたあたりであっさり気が遠くなって挫折…笑)でも、やっぱり映画館で観るのは格別でした。さすがにもう、全国的に上映が終わってしまう時期だとは思うけど、もしまだ機会があるならぜひ。おすすめ。

以下、ネタバレは抑えてるけど、2回目だから、感想も2倍の長さです(笑)

最初にクストリッツァの映画に出会ったのは92年の「アリゾナ・ドリーム」で、映画ってこういうものだったんだ!!!と自分の映画観が変わってしまうほど衝撃を受けた覚えがあるんだけど、「ライフ・イズ・ミラクル」は、生きるってこういうことだったんだ!!!という衝撃。今まで、たかが映画1本で自分の人生観が変わってしまうことなんてあり得ないと思っていたけど、これはもしかしたら、これからの自分の生き方に影響を与えられてしまったんじゃないかという気がする。“人生はままならないけど、生きてるって、それだけで素晴らしい。”このコピー、的を得てるなぁ。観た後の実感が、まさにこれに尽きるんですよ。何があっても、生きるって、それだけで奇跡。

ストーリーの説明はめんどくさいのでこのへんを参照。(途中までかなり詳しく書いてあります)


「アンダーグラウンド」「黒猫・白猫」など過去の作品に比べると、批評家ウケがいまひとつみたいだけど、なんでー?個人的には、クストリッツァの最高傑作だと思うんだけど。去年のカンヌ委員長がタラじゃなかったら、パルムドール獲ってたんじゃないの?ついでに、主演男優賞はスラヴコ・シュティマツ(スティマチ)さんじゃないの?ていうか、誰かあのロバを表彰するべきじゃないの??

と、贔屓目いっぱいにしつこく詰め寄りたくなってしまうのだけど(笑)間違いなく、クストリッツァ映画の集大成であると同時に、新たな境地を開いた作品だと思う。

独特の浮遊感、映像美、騒々しさ。クストリッツァの作品を1つでも観たことがあれば、オープニングからうわぁぁぁクストリッツァきた!と思うに違いない飛ばしっぷり。前半だけで、サッカー試合→クマ狩り→記念式典→壮行会と息をつく暇もないカオスの連続で、1作でこんなに出しちゃって、この人これから大丈夫なの?と心配になってしまうくらいの贅沢さ。

だけど、後半から結末に至る展開が、なんだか新しい。クストリッツァの映画って、どんなに滑稽でも笑えても、観た後に強烈な切なさが残るのが印象的だった。でも、この作品は、どうしようもなく切ないことに変わりはないけど、最後、切なさと同時に希望の光が見えるような、今までにない前向きな感じがして。いつになく広がりのある美しい風景も、そんな突き抜けた明るさを物語っているみたいで。この人の世界の中で、何かが変わりつつある、そんな気がした。

年をとるににつれて作風がどんどん軽快になっていくという人も珍しい気がするけれど、それは決して丸くなってきたとか無責任になってきたとかいうことではなくて。アナーキーな鋭い視点は健在で、今回は特に、90年代のボスニア紛争のテーマに戻っているから、紛争で利益を得る者たちや西側メディアへの痛烈な皮肉があり、そして、もちろん争いそのものの愚かしさも強烈に浮かび上がってくるのだけど。同じテーマでありながら95年の「アンダーグラウンド」とは全く別のアプローチをしていて、紛争そのものの構図を大胆に見せる代わりに、紛争の中を生きていく、ごく普通の市民にスポットを当てているんですよね。そういう意味で、クセの強さが控え目で、より温かい印象を受けるのかもしれない。

例えば、クストリッツァにしてはアンチモラルな人がほとんど出てこない(悪徳政治家はいるけど)。そして、主人公がどこまでもいい人っていうのが新鮮。シュティマツさん、どうしてこんなに素朴ないい人キャラが似合うんでしょう…。善良な家庭人で、でもなんか呑気で、三度の飯より汽車が大好きっていうずれっぷり。いいなぁこの人。ヒロインも、ものすごくかわいいくせに、変に図太いところがあって、でも憎めない。

舞台となる村自体が、ど田舎で、世間と隔絶した少し不思議ワールド。思い切りアクの強いキャラがいない代わりに、村の住人がみんなどこかずれてて、おかしくってかわいい。エミール・クストリッツァという人自身は、思い切りアクの強そうな、こんな人だけは敵に回したくないと思うような恐ろしげなオッサンなんだけど、どうして描く世界はこんなにファンタジーでかわいいんだ? 冒頭のヒヨコのかわいさだけで、くらっときました。ヒヨコ・イズ・ミラクルですから。

動物、いつもに増して活躍してます。裏主役のロバは別格としても、犬、猫、白馬、ネズミ、アヒル、クマ…みんな演技すごいよ。それに加えて、はっちゃけた変な人間が次から次へと惜しげもなく出てくるんだもん。たまりません。とにかく、クストリッツァの世界では、人がすべる、こける、ぶつかる、落ちる、物を壊す、尻を出す、ずぶ濡れになる…今どきカートゥーンでもあまり見られないようなことが、実写で普通に起きます。出演者は大変だろうなぁ。今回の功労賞は、ろくな知らせを持ってこない郵便屋のオヤジですかね。あと、若い世代のキレっぷりが頼もしかった。

そして、今回私が完全に落ちたキャラが、主人公の奥さん、ヤドランカ。もう、この人大好き!彼女の凄まじさを説明しようとすると延々とネタバレしてしまうので控えますが、アクの強いキャラのほとんどいない中、この人、独り勝ち状態です。実生活でこんな人が身近にいたらそれこそ、人生ままならないだろうと思うけど(笑)この人がスクリーンにいるだけで、次に何をやらかしてくれるのかワクワクしてしまう。彼女のキャラを受け入れられるかどうかで、結構この作品の好き嫌いも分かれるかもな…。

クストリッツァの映画が長すぎるとかわけがわかんないとか感じる人は、たぶん笑いのツボが合わないんでしょうね。シュールとベタがせめぎ合ってるような笑いが。例えば、アキ・カウリスマキの映画が足の裏をこしょこしょされてるような感じだとすると、クストリッツァの笑いは、突然わき腹を攻撃されるみたいな感じ。(唐突に引き合いに出したけど、アキ・カウリスマキとクストリッツァって、共通項も多いのに全てのベクトルが真逆な感じがしておもしろいなぁと思って。作品の長さといいテンションといい、出てくる人間や動物の行動様式といい…。)

カウリスマキ作品は傍観するのが楽しいけど、クストリッツァの映画は、特に「アンダーグラウンド」以降の作品は、傍観してるだけだと自分だけ飲めない飲み会みたいでツライものがある。巻き込まれないと。そういう意味では、映画館だとおとなしく観ていなくちゃいけないのがちょっと残念。家でほどよく酔っぱらった時なんかに観て、一緒に歌って踊り狂うと非常に楽しいです。(傍から見たら非常に危ない人かも。)

決してミュージカルってわけじゃないんだけど、登場人物が始終歌い踊ってるイメージがあるんですよね。加えて今回は、わざとらしくミュージカルを意識したようなシーンがいくつかあって、これがまた笑える。鉄道完成の記念式典でヤドランカwith村の素人楽団が披露するオペラは傑作だった。史上最低のミュージカルシーンだよ。わき腹よじれまくり。あと、腐敗政治家を乗せた汽車がやって来るシーンの、ヴィランズソング。あれも凄かった…。このあたりで、クストリッツァはもう本格的にミュージカルを手がけるべきなんじゃないかと思ったわけなんだけど、どうやらこのお方、それどころか今、自分の過去の作品をオペラでリメイクする企画を進めてるらしい(いやマジで)。今回の凄まじいオペラシーンを思い出しただけで、どうなることか空恐ろしいんですが…。

それはともかく、この作品の音楽は本当に素晴らしい、というより、クソッ素晴らしい。映画音楽の常識を無視した、ふざけてんだか本気なんだかよくわかんない、泥臭くて異様にドンチャカしたサウンドなんだけど、いつの間にかそのテンションに巻き込まれ、いつの間にか、泣かせやがって!と悔しくなってるような。サントラCDも、改めておすすめ。笑わされ、踊らされ、気がつけば泣かされてる1枚。ただし、冷静に考えると、大事な挿入歌(例のヴィランズソング含め)が3曲も抜かされてるわりに本編に全く出てこない歌が平然と5、6曲は入ってる不思議仕様…。誰か、ノー・スモーキング・オーケストラにオリジナル・サウンドトラックの意味を教えてあげてください。

…なんだか、人生観変えられたとか言ってるわりにはアホくさい感想に終わってしまったけど。そのうちまた、日本版DVDが出る頃にでも、肝心なところを含めネタバレ編を延々と綴る予感。

「エリザベスタウン」

オーリー(オーランド・ブルーム)好きの友人たちに連れられて、「エリザベスタウン」(“Elizabethtown”)を観てきた。

キャメロン・クロウ監督は、ピュアな映画を作る人だと思う。「あの頃ペニー・レインと」の少年の純な瞳に耐えられなかった全くピュアじゃない自分は、この人とは相性が合わないんだと思うが、それでも、この人の感性が好き、という人の気持ちはなんとなくわかる気がしていた。

しかし、今回はなんだか一般の評判もいまひとつみたいで、おや?と思っていたら、なるほど…支離滅裂。言いたいことはまっとうだしやりたいこともわからなくはないが、エピソードが散漫で、どれひとつ掘り下げられることもなく、気分で流してるだけみたいな映画。これで2時間以上は、正直、キツかった。というか、感覚的には3、4時間くらいやってたんじゃないかと思うような長さだった。オーリー好きの友人たちでさえ、彼はかっこよかったけど映画としては…とヘロヘロになってたんだから、オーリーに何の魅力も感じない私のいたたまれなさ、お察しください。いろんな意味で忍耐の試される2時間だったよ…。


**以下、少しネタバレ**

とにかく、設定がいけないと思うのだ。オーリー演じるシューズデザイナーがデザインした新作が売れなくて会社が10億ドルの損害を受け、彼はクビに、という時点で、…もしもし?とつっこみたくなるのが普通なのではないでしょうか。1社員が手がけた1商品にそこまで社運をかけるメーカーなんて考えられないし、靴に安全上の欠陥でもあったならまだしも、デザインがひどくて売れなかったっていうだけなんでしょ?そんな血迷ったデザインなら、なぜ誰か事前に止めなかった?というか、そんな血迷った話を撮るキャメロン・クロウをなぜ誰も止めなかったのか?(笑)

それで絶望して自殺しようとする、というのも全然説得力がなくて、同情できず。悲壮感のないまま“I'm fine... I'm fine...”と一生懸命“かわいそうなボク”を演じるオーリーの姿は、違う意味で痛々しかった。

そんな彼が、突然亡くなった父親の葬儀のために田舎町エリザベスタウンを訪れて、父との思い出や素朴な南部の人々との触れ合いを通して再生していく…というのがまあ大筋なんだけど、南部の町の描写も作品のテーマにするには深みが足らず、だから何?というかんじ。(どうでもいいけど、南部の葬式って本当にあんなだったらすごいな) あの変な従兄弟のバンドのエピソードやキレる子どもは丸ごと不必要だった気がするし、とってつけたように後からキング牧師を出してくるあたりもいただけなかった。

キルスティン・ダンスト演じるヒロインも、どうなの?あれ。キルスティンだから許されてるだけで、実際問題ただのストーカー気質のヤバイ女じゃないか?そんな女にいいように操られるオーリー…まあ、適役かもしれないけど。なんだかねぇ。

観ているうちに、主人公の仕事のことや自殺願望をすっかり忘れてしまうほど話がうろうろ、うろうろ。前半の大部分は、携帯のCMを延々と見せられている感じ。後半はスーザン・サランドントークショー(笑えない)。最後のドライブが始まってようやく、ああ、キャメロン・クロウはこれを見せたかったのか、と納得いくんだけど、だったらそこだけのミュージックビデオでも作った方がよかったような…うーむ。好き嫌いとか以前に呆気にとられる映画、久しぶりに観たような気がします。

ツッコミどころにはとにかく欠かなかったので、ある意味、おもしろかったといえばおもしろかったけど。こういうのは辛口の友人同士で観ると楽しいですね。ラストシーンで無性にシャケが食べたくなった(笑)ので、居酒屋で鮭茶漬けなど食しつつ、くだらない映画談義で大いに盛り上がりました。

「チキン・リトル」公開月

すっかり浦島状態になってるうちに、「チキン・リトル」公開が12月17日から23日に変更されてて焦りました。ずいぶん年の瀬押し迫ってからだなぁ。うーん、何があったんだ?別にハリポタと被ってたわけでもないし。17、18日のみ一部で先行上映ありっていうのも意味わかんない…。

とりあえず、全米での興行成績はなかなか健闘してるようですね。日本でも、関心度はけっこう高そうだし、最初の週あたりの成績はかなりいけるんじゃない?という気が。まあ、問題は客入りが長続きするかどうかで、その点、「ラマ」のように、事前の話題性がなくても口コミで広まっていく…というのは映画の理想的な売れ方だったなぁと思います。

それにしても、今回は事前の商品展開が予想以上にすごい。チキン・リトル、3Dキャラのくせにぬいぐるみとか立体系のものが全然かわいく見えないのはどうかと思うが(笑)TDRで事前にオリジナルグッズ売ってるっていうのは異例の事態じゃない?まさか「ヘラクレス」以来…?マーク・ディンダル監督もきっと喜んでる…というより戸惑ってそうな気が。「ラマ」の扱いがアレだっただけに。

そういえばフルマー&ディンダル、今回も来日しないんだろうか。このふたりの舞台挨拶とか、なんか楽しそうで見てみたいんだけど。日本のディズニー雑誌で堂々と“少々ずんぐりして”いて“なんとも苦労人な感じ”と紹介されるフルマーさん…それでいいのか。ていうかそれでいいのか講談社。

日本版公式サイトの<映画情報>にも、ようやくスタッフ情報やプロダクションノートが出揃いましたね。…なんか大げさなこといろいろ書いてあるけど、フルマー&ディンダルだからなぁ。単純にくっだらなくて楽しそう、でいいんじゃない?個人的に、感動とか迫力とかは最初から望んでないので、軽く笑える(&できれば少し毒気のある)カートゥーンだったらいいナ、と期待。


P.S.
パット・モリタ氏のご冥福をお祈りします…