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スティッチウクレレ

数日前にディズニーモールから届いたスティッチのウクレレを、ようやく受け取ることができた。予約したのは、かれこれ3ヶ月以上前だったっけ。まさに忘れた頃に…て感じだ。

入荷が遅れたお詫びとして、オリジナルのTシャツがついていた。メンズのMサイズ?正直、微妙。
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開けてみると、ケースも微妙。紙製っぽくて、手で触ってたら色が落ちてきそうな感じ。もうちょっといいのを期待してたんだけどなぁ。

ウクレレ本体は、まあ、こんなものかな。スティッチ、ホヌ、アヒルの子が描かれていて、恐ろしく目立たないところにヒドゥンミッキー入り。一応コア材を使っているらしいが、ペイントでテカテカ。フィリピン製。

注文した時から、15,000円という価格設定が中途半端だと思っていたんだよね。ウクレレって、ハワイ製の本格的なやつだと4~5万はするし、おもちゃみたいなやつならハワイのおみやげ屋に行けば10ドルで売ってるし。本格的な楽器として売るなら、倍くらいの値段でいいものを作ればいいのになぁ、と思って。

そんなことを思いつつも注文してしまったのは、何を隠そう、私がかつて一番欲しいと思って手に入らなかったリロスティ関連グッズが、ウクレレだったから。今回のみたいなやつじゃなくてね。映画が日本で公開された頃、ディズニーファン誌の特集で、非売品のプロモーション用ウクレレを2名様にプレゼントっていう企画があったのだ。ウクレレ自体は本格的なものではなかったのかもしれないけど、薄い木地で右下にリロとスティッチの絵とロゴが小さく入ってる素敵なデザインで、なんといっても、クリス・サンダースとアンドレアス・デジャの直筆サイン入り!これが欲しくて欲しくて、毎晩流れ星にお願いするくらい欲しくて応募したんだけど、もちろん当たらなかった。あーあ、どんな運のいい人が当選したんだろう、まさか、すみ○ろ先生が自分のものにしちゃったんじゃないよナ、などと余計なことまで考えるくらい、諦めきれなかった思い出がある。

今回のも、3倍の値段でいいからサイン入りだったらよかったのにな。あ、自分でシンプルなウクレレ買ってバーバンクのスタジオに押しかけて、ふたりにサインもらってくればいいのか(笑)ついでにディーン・ディブローやアレックス・クパーシュミットにも書いてもらえば完璧。

なんて妄想を抱きつつ、何気なくスティッチウクレレを爪弾いてみると、あらら、けっこう楽しかったりして。せっかく買ったんだから、練習してみようかな。エルヴィスの歌の1曲や2曲、ぽろろんと弾けるようになりたいものだ。

目指せ、ジェイク・シマブクロ!?(無理すぎ)


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トゥーンスタジオに思うこと

シドニーのディズニー・トゥーンスタジオが閉鎖されるというニュースがちらほら。(詳しくはJim Hill Mediaを参照。)

シドニーって、トゥーンスタジオ(旧TVアニメーション部門)の中では絵がマシな方じゃなかったっけ。これからは、続編ものDVDの製作は、より人件費の安いマニラや台北でおこなわれるとのこと。“Cheapquels”がますますチープになるわけだ。Cheapquelsというのは、アメリカのディズニーファンの間でよく使われる、Cheap(チープ)とSequel(続編)の造語。誰が言い出したのか知らないけど、うまいネーミングだ。無理やり日本語にするなら“俗編”てとこか。

Cheapquelsの氾濫は今に始まったことじゃないが、私はようやく最近、もう購入しないと自分に誓うに至った。安っちい続編でも、映画へのささやかなトリビュート、またはツッコミネタと割り切れば、それなりに楽しめると思っていたし、事実かつてはけっこう好きな続編もあったのだけど。最近は、続編ものの図々しさが鼻につくようになって仕方がない。

特に、フィーチャーアニメーション部門(WDFA)の縮小やCG作品への移行と同時進行で、トゥーンスタジオ作品がやけに大きな扱いを受けるようになってから。そこには、策略的なものを感じる。手描きのアニメーションをやめたという印象を与えず、お手軽なトゥーンスタジオ作品で需要を満たしていこうという、安易なごまかし。WDFA作品の証であった“ディズニー・クラシックス第○○作品”という呼び方もいつの間にかなくなり、日本においては、トゥーンスタジオ作品(ex. 「ピーターパン2」)が劇場公開されるのにWDFA作品(ex.「ホーム・オン・ザ・レンジ」)がDVDオンリー扱いという逆転現象まで起きる始末。

今年に入ってからDVD発売されたのなんて、ほとんどがトゥーンスタジオ製なんじゃない?続編もののくせに、仰々しく“メイキング・オブ~”だとかの映像特典がついてるのはなんか違うんじゃないかと。何より、続編ものと元の映画は全く別の部門が作っていることを、消費者にはっきりと伝えていないのがいけない。「リロ&スティッチ2」が「リロ&スティッチ」と同じクルーによる作品だなんて思われたら…考えただけでたまらない。

こんなこと言っても、トゥーンスタジオ作品に携わる人たちを低く見ているわけではないけど。念のため。続編もの以外では、TVアニメーション系ならではのいい企画もやっていると思うし、WDFA作品との質の差は、クリエーターの能力の差というより、どれだけコストをかけることが許されているかの差だろう。

そしてそれがきっと、続編ものがリリースされ続けている最大の理由でもある。ディズニークラシックス作品は、企画から完成まで4~6年はかかるのが通常で、少なくとも200人を越すスタッフを必要とする。莫大なコストをかけて、何もないところから全く新しいストーリーを、アートスタイルを生み出していくのだ。ひとつひとつの作品が、後世に残るようなアートの創造を目指しているから、コストが高い分リスクも大きい。

対照的に、トゥーンスタジオの続編ものの目的は、できるだけ時間や手間隙をかけないで儲けること。すでに一定の人気を得たキャラクターや物語設定を利用すれば、余計な労力やリスクを回避できる。要するに便乗商売なのだ。それで儲けることができるなら、わざわざハイリスクなクラシックス作品を重んじることもない。その結果どんなにクラシックス作品のイメージを壊そうとも、ディズニーブランドの価値を下げようとも、経営的に考えたら出し続けるでしょう。Cheapquelsが売れる限り。

そう考えると、ディズニーアニメーションを駄目にしているのは、嫌な言い方かもしれないが、Cheapquelsを甘んじて享受している私たちディズニーファンなんじゃないか、とも思えてくるのだ。確かに最近は、トゥーンスタジオのクルーの努力の成果か、Cheapquelと言えども、一時期ほどアニメーションがひどくないものも出てきた。でも、その程度で満足しちゃったら、騙されている気がする。WDFAが何年もかけて創り出すクラシックス作品とは、根本的に違うのだ。トゥーンスタジオ作品ばかりに慣れてしまうと、アニメーションを見る目が鈍りそうで怖い。続編ものだけを見た人に、ディズニーってこんな程度のもん、と高をくくられてしまうのも悔しい。

だから、もう買わない。これからは。

「ホーンテッド マンション」

「ニュージーズ」のDVDを購入した時、1枚買うと1枚もらえるキャンペーンで欲しいのが見つからなかったため、「ホーンテッド・マンション」(The Haunted Mansion: 2003年公開) を選んでみた。今まであんまり興味なくて、観てなかったんだよね。アメリカで公開されていた頃、ディズニーオークションで何か買ったらこの映画のクーポンが7、8枚やけっぱちについてきて、そんなに客が入ってないのかよ、と焦った思い出もあり。

しかし、製作陣を見ると、プロデューサーはドン・ハーン、監督はロブ・ミンコフ(「オリビアちゃんの大冒険」「ファンタジア2000」)、音楽はマーク・マンシーナ(「ターザン」「ブラザー・ベア」)と、錚々たる顔ぶれ。なのに…やっぱりつまらんかった。今までのアトラクション映画シリーズの中で、一番ストーリー性のありそうな題材を使ったにも関わらず、なぜにこんなにつまらんのよ。

**以下、ややネタバレあり**

一応、おもしろい要素もあったにはあったのだけど。アトラクションを再現した部分は、かなりよかった。エントランスの不気味な音楽。きしむドア。変化する絵画。マダム・レオタ(ジェニファー・ティリー、似合いすぎ)のあのセリフ。ゴーストたちが集う墓場のシーンなんか、オムニーバーに乗ってるみたいでうれしくなる。

正直、こういうシーンだけを90分間観ていたかったような。ホーンテッドマンションに着くまでの前置きが長すぎる。(どうでもいい役で“Kissingジェシカ”のヘレンが出ていたことだけは、思いがけずうれしかった。)そのわりに、屋敷の中での冒険はあっけなく、呪いを解くアイテムもあっさり見つかっちゃうし。エディ・マーフィーは、アトラクションの雰囲気壊しまくりでギャグも冴えない。屋敷から締め出されて窓ガラスを割って入ろうとしてるのに割れないシーンは、別の意味で笑えたけどね。…マーフィー「強化ガラスかよ!」執事セコムしてますから」、ていうオチを勝手に想像して(笑)

何より、ホーンテッドマンションに隠された謎というのが、くだらなすぎてトホホだ。設定はちょっと「美女と野獣」もどきだが、あまりにもありがちなうえ説得力不足で、それだけ?本当にそれだけなの??と問い詰めたくなる。だいたい、顔が似てるっていうだけで…。昔の悲恋話に南部の人種問題を絡めたのか、などと無理やり納得してみようともしたが、虚しくなってやめた。別にそれだけじゃ屋敷中に呪いがかかる必要性も感じられないし、ましてや999人のゴーストが住むという設定は全く活かされてないじゃん。

それから、怖い場面が全くなかったのも肩透かし。ファミリームービーだから誰でも安心して観れるようにできてるのはわかるけど、もう少しくらい、ドキッとさせる場面があってもいいんじゃないかと。アトラクションの方がよっぽど怖い。(墓場からヌッと出てくるゴーストたちがちょっと苦手だったり^^;)最大の見せ場が、ゾンビっつうのもね。ホーンテッドマンションらしくなくて、思わず“パイレーツ・オブ・カリビアン”からの使い回しか?と言いたくなったよ。この映画の中で怖いのって言ったら、執事役のテレンス・スタンプの顔(大した特殊メイクもしてない)くらい。あと、アラクノフォビアな人には怖いかもしれないけど。

ううーん、もっとおもしろい映画にできなかったのかなぁ。せっかくこれだけお金かけて凝った映像を作るのなら、ストーリーにも力を入れようよって感じ。いくらでも想像を掻き立てるアトラクションだけに、もったいないという思いが残った。

「ニュージーズ」

アメリカでは公開時大コケしたものの、今ではかなりの人気を誇っているというディズニーの実写ミュージカル「ニュージーズ」(Newsies:1992年米公開、別名 The News Boys)。アラン・メンケンが手がけたという歌が聴きたくてDVDを購入してみた。

19世紀末のニューヨークで、“ニュージーズ”と呼ばれる新聞売りの少年たちが実際に起こしたストライキをベースにした映画。ミュージカルとしては、うーん…期待外れ、だったかな。メンケンの曲(歌詞は「グーフィー・ムービー」のジャック・フェルドマン)は、もちろん悪くはなかったんだけど、楽しみにしていたほどでもない。ひとつひとつの曲はメンケンらしくて、時々はっとするメロディーを持ってはいるものの、他のミュージカルに比べるとぱっとしない印象だ。

なんでもこの作品、製作途中でミュージカル路線に変更になったため、メンケン&フェルドマンは急遽頼まれて短時間で歌を作らなくてはならなかったそう。メンケンって、何日もピアノに向かってじっくりと曲を生み出していくタイプの人だと思うので(って勝手な思い込みだけど)これでは本領発揮できなかったんじゃないかなぁ。それに、ミュージカルは、企画が始まった時点から音楽とプロットを一緒に練ってこそ、歌でストーリーを進めることができるもの。“ハイ、このへんで1曲”っていう後付けの歌はやっぱり不自然だ。それ以前に、この作品の場合、題材がミュージカル向きじゃない気もするんだけれど。

主演のクリスチャン・ベイルの歌唱力は、少なくともメル・ギブよりはずっとマシだったようだ。難しいバラードも果敢に歌いこなした感じ。踊りも、がんばって複雑なステップに挑んでいる。…という印象を観客に与えてしまった時点で、ミュージカルの完成度としてはどうなのよ?という気もしなくもないが。その他の男の子たちはとても上手なんだけど、ミュージカルシーンの見せ方のせいで、雑然とした印象になってしまっている。狙いのある撮り方なのかもしれないが、エネルギッシュというよりはバラバラでごちゃごちゃな感じ。

それから、アン・マーグレット演じる歌姫の存在意義が不明だった。この人がよくわからない凄みを効かせて歌い踊るナンバー“High Times, Hard Times”ってラジー賞最低オリジナルソング部門受賞しちゃってるし…。これがまた、気の毒だけど納得できちゃったりするからトホホだ。(ちなみにこの他にも、アン・マーグレットの最低助演女優賞や最低作品賞含めて計5部門もラジーにノミネートされてたり。)

しかし、ドラマとしての「ニュージーズ」は、予想外におもしろかった。

弱い立場の者に共感するという視点はディズニーの王道なんだけど(ベイルの役とアラジンが特にダブる)、そこにダビデとゴリアテの喩えを持ってくるあたりがニクい。ストを提案した少年の名前がデイヴィッド(=ダビデ)だったり、少年たちがビー玉で警官を撃退したり。メディアや司法の巨人に挑む勇気ある子どもたち、という図式を際立たせている。さすがは後に「ノートルダム」や「ターザン」を書いた脚本家たち、上手いなぁ。

大人たちの描写が、ニュージーズの味方=いい人、敵=悪人と区別されていて、賄賂事件が絡んできたり、というあたりはいかにも単純な感じなんだけど、喧嘩っ早くて教養もない少年たちが団結していくまでの過程が、なかなかリアルでいい。ひとりのヒーローがすべてを変えるんじゃなくて、集団だからおもしろいんだな。リーダーのクリスチャン・ベイルは行動力とカリスマ性はあっても頭はあんまりよくなさそうで、実際に組織のブレインになってるのは真面目で目立たないデイヴィッドだし。小柄だけど切れ者っぽいブルックリン地区のボスの子とか、楽天家だけどプライドはしっかり持ってる松葉杖の子とかもいいキャラだった。

メディアの持つ力が大きなテーマになっているのも興味深い。市電のストならニュースになるけれど、新聞社相手にストを起こしても新聞の記事にしてもらえないというもどかしさ。今だったら、ネットを通じていくらでも個人が情報発信できるけど、当時は新聞に載らなければ、何もなかったのと同じ。ニュースにならなければ世の中を変えられない。報道ってこんなに大切。情報が過剰に行き交う現代の私たちにとっても、考えさせられる話だと思う。

最初は新聞の卸値が10分の1セント上げられたことに対してのストだったけど、それがいつの間にか、お金の問題だけじゃなく、自分たちの存在価値を世の中に認めさせるための闘いになっていく。(史実として、ストによって卸値が下げられることは結局なかったそうだし。)ストを通じて、ニュースを伝える仕事に誇りを持ったニュージーズたち。そんな彼らの姿もやがては、ニューススタンドの出現などによってニューヨークの街から消えていくのだそうだが…それはまた別のお話。(スタンド形式の売店にニュージーズの名をつけてしまったTDSって、やっぱりダメだ…)

歌と踊り抜きで90分くらいに収めた方が見応えがあったんじゃないかとも思ったが、最後に、スペシャルサンクスとしてハワード・アシュマンの名前が出てきたのには、ほろりとしてしまった。

ディズニー・オン・アイス

ディズニー・オン・アイスに行ってきた。

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アイススケートには興味がないうえ、映画の世界をわざわざ氷の上で再現する意義がいまいちわからなくてこのイベントにはほとんど行ったことがなかったのだが、今回は題材が、ピクサー作品では一番好きな「モンスターズ・インク」だし、招待券当たったし(講談社さん感謝)。

モンスターズ・インク好きとしては、なかなか楽しめる内容だった。サリーとマイクにはディズニーパークで会えるけど、その他の面々をライブキャラとして拝める機会はそうそうないもんね。お気に入りのスミティ&ニードルマンも活躍してたし、けっこうな脇役までちゃんと出てきたのには感激。このメンバーでパークのキャラブレとかやってほしいくらい。ウォーターヌース社長とかロズとか、ライブキャラ化が難しそうなモンスターも見事に再現されてて、なかでも超リアルだったのがランドール。近頃ブシェミ熱というけったいな病気を患っているもんで、ランドールが出てる間中、目が離せませんでしたわ。(声は日本語吹き替えだけど)

いろんな意味で気になっていたフェイスキャラのブーも、意外によくなじんでいる。やっぱり、小柄な日本のスケーターが演じたからよかったんだろう。海外公演のブーは、写真で見た限り微妙だったし…。むやみにスピンやジャンプなどを見せず、子どもらしい動きにこだわった演出も好感度高かった。

途中15分休憩を挟んで全部で2時間の公演。本編が始まる前に、ミッキーたちが出てきてオン・アイス日本公開20周年記念を軽く祝ったり、話の内容から逸脱してスケーターたちの技を見せるシーンが延々と続いたりしたから、ストーリー部分はものすごい駆け足。まあ、アイスショーだから仕方ない。実際、会場が一番沸いたのって、キャラじゃないスケーターのシーンだったし。フェイスキャラはブーだけだから、どこかで普通のスケーターが登場しないとただの着ぐるみショーになっちゃうもんな。ストーリー上どう考えても大切なシーンが、いくつかカットされてたのには落胆したけど…。

実際、映画を観ていない人だったら、このショーでは話の展開は全くわからなかったんじゃないかと思う。それだけ「モンスターズ・インク」という映画は、複雑なストーリーでありながら複雑さを感じさせない巧みな作品だったんだと再認識。これからこのショーを見る予定があって、映画は未見だったり、もう忘れてしまったという人には、ぜひ映画を観てから行って、と強くお薦めしたい。あと、すでにショーに行ってきて、内容がよくわからなかった人もね。今なら、会場で売ってるカキ氷と同じ値段でDVDが買えるし(笑)。私も久々にDVD観ようと思った。やっぱり大好き、この作品。

…以下は、公演中に頭をよぎったどうでもいいツッコミ。

・20年前のケーキかよ!(←いや本当に出てきたんで)
・CDA、ダサ…。
・ハリーハウゼンはスシ屋では。
・イエティいないんかい。
・社内劇ないのー?
・NG集ないのー?
・ニモ宣伝しすぎ。(ブーちゃん…)
・リアルヒマラヤな会場。(とにかく寒い)
・猿の脳ミソ?(カキ氷カップの形状を見て、つい…すみませんすみません^^;)

レイジング“ラマ”スピリッツ

7月17日、アナハイムのディズニーランド開園50周年記念日。Oh Boy!おめでとうディズニーランド。どうか私が訪れることのできる日まで、お祭りモードでいてください。(行ける日、来るんだろうか…。)

で、おめでたい日にちっとも愉快な話じゃなくて恐縮なのだが、日本におけるDL50周年関連イベントの一環?だとかいう、ディズニーシーの新アトラクションがどうにもこうにも気に入らない。

ロスト・リバー・デルタにコースター系アトラクションを、という企画の段階で、ディズニーのイマジニアが提案してきたのは「ラマになった王様」のストーリーをベースにしたアトラクションだったとか。(ソース忘れたけど、たぶんJim Hillあたり。)南米の古代文明をテーマにしたエリアに「ラマ」を、っていうのはディズニー的には当然の発想だし、実現したらエキサイティングかつ革命的な出来事になっていたことは間違いないのだが、惜しいことに日本のパークを運営しているのはディズニーではないので、残念ながらというか案の定というか、「ラマ」ベース案は、アトラクション外観に「ラマ」のビジュアルイメージを採り入れるだけ、というところまで薄められたのだった…。

こうして出来上がった“レイジング・スピリッツ”なるコースター、写真を見ると確かにクスコの宮殿っぽいイメージが使われてたりするんだけど、「ラマ」について公式にはほとんど触れられてないのね。バックグラウンドストーリーは、水の神と火の神の怒りがどうのって…ああ、始まった。しかも、7月21日絶叫開始って…あんた、どっかの遊園地じゃないんだからさ…。なんでこうなんだろう、シーって。

ディズニー映画をベースにしないアトラクションは本場DLにもたくさんあるけど、それらはディズニーパークが象徴しているアメリカの文化とか歴史とかに深く基づいているもの。日本でオリジナルをやろうとするのとは話が別だ。元々アメリカや外国への憧れで成り立っている日本のパークが、何にも根付いていない、ありがちなイメージを絞り出しても、薄っぺらいものしか作れない。まあ、早い話、ディズニー映画を使わないでOLCが作り出したアトラクションなんて、一体どこがディズニーなの?ということ。

そこへきて、アトラクション関連グッズに持ち出されたキャラがスティッチだもんなぁ。1mmも関係ないじゃん。とりあえず今売れ筋の、スティッチを使いましょう!程度の考えでやってるのかと思うと、なんだかもう…泣けてくる。せめて、サファリルックのプリークリー同伴にするくらいの気の利かせ方はできないのかね。この扱い、「ラマ」ファン&「リロ」ファンをバカにしてると思われても仕方ないのでは…。

正直、「ラマ」をフィーチャーしなかったのはもったいなさすぎだとも思うし。ディズニーアニメーションで唯一“カルト的人気”という言葉がぴったりの作品。アメリカではアイズナーに不評だったから?とかいう理由で、需要が高いのにこれまでグッズ展開などがほとんどなかった作品。日本でもこれ観て嫌いって言う人ほとんど聞かないし、すごい話題になったと思うんだけどな。わかってないなOLC。

まあいいや、どうせシーには行くこともないし。…と思ってたら、ランドではお気に入りの店“ディズニーコレクション”が菓子屋拡張のため閉鎖とな…。ああ、どこまでも舞浜から足が遠のいていくじゃないか。もうお願いだから、OLCにはディズニー名乗るのやめてほしい。

「ゴースト・ワールド」

映画でこんなに笑って泣いたのは久しぶりだ。もしかして、「リロ&スティッチ」以来か?「ゴーストワールド」(Ghost World: 2001年米公開)。ヤバイ。自分のツボに直球。おもしろいけどグサッときて、イタイけどおかしくてたまらない。

***以下ネタバレ***

高校を出てぶらぶらしてる女の子が主人公。原作はアメコミ。まさかこの年になって、10代の子の話にリアルタイムで共感してしまうとはトホホな限りだが、これでも最初はかなり冷めた目で観てたのよ、ほんと。サブカルチャーとか興味ないし、主人公イーニドの奇天烈ファッションもインテリアも正直どうでもいいし。

冒頭から親友のレベッカとつるんで世の中にぶーたれてるイーニド、若いな、というより幼いね、と笑う大人の私。ダサい卒業式。心底イヤなら行かなきゃいいのだ。わざわざ出席して周りをバカにするこの子たちは、結局その場にいることが楽しいの。世の中をヒンヤリ見てる自分たちが好きなだけ。そんな式くらいで過剰反応していたら、この先さむいことだらけで凍えるぞ。近所のカフェに入り浸っては変な客を観察し、新聞の出会い系広告に冷やかしの電話をして、騙されてやってきた中年男を尾行するふたり。つくづく暇だねぇあんたたち、て感じである。

しかし、この中年男が登場した瞬間、映画から目が離せなくなる。だってこの男、ケチリーさん(笑)ことスティーヴ・ブシェミなのだ。(ケチリーさん知らない人は「ホーム・オン・ザ・レンジ」観ましょう。)ダサい緑のカーディガン姿でダイナーに現れ、イライラと特大ミルクシェイクを飲み干し、待ちぼうけを食ったあげく落胆して去っていくブシェミ氏。反則

さて、このシケた中年男シーモアに、イーニドちゃんはなぜかシンパシーを感じてつきまとうようになり、社会に適応し始めた現実的なレベッカとは疎遠になっていくのだが…。(どうでもいいが、名前を知ったイーニドたちが“シーモアだって!?わぉぅ(笑)”て反応する意味がよくわからんかった。変な名前なのか?自分の頭の中では「リトル・ショップ・オブ・ホラーズ」の“Suddenly Seymourrrr♪”が鳴り響いてひとりウケ。)

シーモアって原作コミックには登場しないそうなんだが、かなりキテるキャラクターだ。表向きはまっとうな会社員、常識ある大人でありながら、めちゃくちゃマニアックな古いレコードのコレクター。趣味の世界で自己完結したような部屋に住んでて、人付き合いが嫌いなクセに、好きな音楽の話になると相手が引きまくってるのにも気がつかず熱くまくしたててしまう。ああ、情けないけど笑えない。「人と関わるかわりに物を集めて生活を満たしてる」とか「ナイキとビッグマックでハッピーになれる世の中の連中とは99%うまくやっていけない」とかいう彼の発言に、どこかで共感できちゃう自分が笑えない。いやでも、身につまされた大人はきっと多いはず。

それでもって、演じているのがブシェミっていうのがやっぱり微妙で。役的にはもっとキモ系中年オタクって感じのヴィジュアルでもいい気がするのに、ブシェミだから、もう少しどうにかすればマトモにもなれるのに…と哀しくなるのだ。イーニドのスケッチブックの中でだけ、そんなレコード男がどんどん格好良くなっていくのが笑えたけど。それにしてもシーモア、というかブシェミさんよ、いくらなんでも10代の子と寝ちゃだめだろう…。(迂闊にもそんなシーンで、生まれて初めてブシェミかっこいいと思ってしまった自分がイタすぎて泣く。)ブシェミ史上最高においしい役っぽい。

で、いろいろあって、変わっていくレベッカやシーモアの姿に疎外感を覚えるイーニド。後半の展開はどんどん切なくなって、泣かせる。独りぼっちになってようやく、今まで嫌っていた世間の方に歩み寄ろうとすると、向こうからことごとく締め出されてしまう。居場所がない。世の中みんなバカに思えてしょうがなくって、私は違うからと優越感を持っていたけど、実はどこかでそんな世の中に認められたかった自分。それに気づいても、やっぱり馴染めない。切ない。

極めつけは、何があっても変わるはずないと思っていた最後の砦が崩れた時。思い出すだけで泣けるので、具体的には書けない。心の拠りどころをすべて失ったイーニドは、来るはずのないバスに乗って街を出て行く。映画はそこでふっつりと終わる。彼女の乗ったバスをカメラで追いかけることすらしない。でも、これはハッピーエンドなのだ。寂しいハッピーエンド。「ある日突然、誰にも告げずにどこかへ消えちゃう」っていう夢を叶えたんだね、イーニド。自分の居場所を求めて、ここではないどこかへ…永遠のアメリカンドリームじゃないか。

結末の解釈は、“ゴーストワールド”というタイトルのとらえ方によっても分かれるかもしれない。イーニドは空虚なゴーストワールドを出て自分の生きる場所に向かったのだ、と考えるか、現実に背を向けてゴーストワールドに行ってしまったのだ、と考えるか。自分の考えでは、どっちもありかも。ナイキやマックで満たされた世の中も、シーモアの閉ざされた世界も、傍から見たらゴーストワールド。だから、あの結末は、さんざん周囲を振り回したイーニドが「ねえそれで、あんたのいる世界はどうなの?ゴーストワールドじゃないの?」と疑問を突きつけて去っていったみたいな気がするのだ。うーん、やっぱり切ないか。

しかし切ないといえば最大に切なかったのは、しばらく見なかったら昔の面影はどこへやら、のブラッド・レンフロくん。冴えないコンビニ店員役がこんなに似合ってしまうなんて…あああ、なんともやりきれなかった。

「メメント」

友人が今度紹介してくれるらしい人が好きな映画だというので、「メメント」(Memento: 2000年米公開)を観てみる。

最近ほのぼの系おバカ映画ばっかり観ていたので、レイプ犯に妻を殺された記憶喪失の男が復讐する話…と聞いただけでびくびくしてしまったのだが、あー別にハードボイルドじゃなかったのね。こういう映画だったとは知らなんだー。

話題作だったらしいのにこれほど予備知識がなくて、かえって幸いだったかもしれない。

***といいつつ、ここから遠慮なくネタバレするが***

「メメント」の主人公は、事件以来、10分以上物事を覚えていられないという短期記憶障害を抱えているので、観客にもこれを疑似体験させるため、映画は、短いシーン毎に徐々に過去へと遡っていき、最後に来る(時間的には最初の)シーンのさらに前にあったエピソードだけが順行していて、逆行する各シーンの間に細切れになって挟まれているという構造になっている。(あれ?ちゃんと説明できてる?)このカラクリが最初からわかっていれば、かなりすっきり理解できたような気がするのだが、何も知らずに観たもんだから?????状態。てっきり時間がカオス状態に入り乱れているんだと思って、筋を追うのに随分苦労してしまった。各シーンが前からのつながりなしに唐突に始まる、ということはまさに10分毎に記憶を失くしているようなもの。それがこの映画の狙いだろうから、まあ正しい観方ができたということなんだろう。

映画としての仕掛けがとにかくおもしろくて、うならされる。1シーン1シーンがちゃんと意味を持っていて、次の(時間的には前の)シーンのヒントになっていたりして。けど、こんなに頭の疲れる映画を観たのは初めてかもしれない。DVDだったからまだ、途中でわかんなくなったら戻ればいいという気楽さがあったけど(実際には、一度も止めたり戻ったりせず最後まで観れたが)、映画館で観ていたらもっと緊張感があって疲れていたに違いない。

いちいち写真を撮ったりメモを書いたり刺青まで彫って記録しようとする主人公の行動は、要領いいんだか悪いんだかって感じでもどかしくなるし。自分自身の記憶力の不確かさと相まって、余計いらいら。そういえば前にドキュメンタリーで、主人公と似たような症状の人の暮らしを見たことがあるけど、その人は常にボイスレコーダーを携帯して、自分がやったことやこれからやろうとしていることを吹き込み、聞き直すという習慣をつけていたっけ。現実にそんなふうに生活するしかない場合の苦労ははかり知れないが、この映画の主人公にもこの方法を教えてあげたい…と真剣に思っていたところ、そんな自分が間抜けに思えてくるオチが待っていた。なんだ…あんた、好んで不確実な方法を選んでたのね…。哀れといえば哀れな話だけど、観ていた方としてもなんともいえない虚しさが。

信用できない語り手というオチでも、例えば「ユージュアル・サスペクツ」なんかはわりと好きな映画だったのだが、あれは最後にドカンと真相が判明するからすっきりできたのだ。「メメント」のこの結末は…微妙だな~。すべてが不確かで、絶対的な視点がどこにもないというのは、ある意味映画における禁じ手だと思うんだけど。全部嘘かもしれないっていうのまでアリなら、拠りどころがなくてどんな解釈だって成り立ってしまう。それじゃ物語としてわざわざ提示する必要ってあったのか?と思うと…うーんうーんうーん。

たぶんこれって、映画に何を求めているかの問題なんだよね。価値観の違いというか。映画を観て頭を使ったり、あれこれ解釈をめぐらせるのが好きという人には、とてもおもしろい作品なんだと思う、きっと。私はどっちかというと頭をからっぽにして、気持ちを解放する目的で観たいと思っているので、感じ方が異なるんだろうな。

あ、でも価値観違っても気にしないので、紹介の件は予定通りよろしくね友人。

「チキン・リトル」公式サイト

少し前から、「チキン・リトル」公式サイト(アメリカ)がすごいことになっている。

小さな作品から、よくもこれだけのコンテンツを絞り出したという…。The-Sky-Is-Falling.comなんて、無理がありすぎじゃないか?明らかに作品とかけ離れてる上、全然おもしろくもないコンテンツなんて、不要としか思えないけどな。以前から言われている、製作側とマーケティング側の意思のギャップっていうのが痛いほど伝わってきた。“ディズニー初の3D長編”だからって必死になって宣伝してるとかえって好感度が下がるだけな気がするし、これじゃ作ってる人たちがかわいそうだなぁ。そういえば、Jim Hill Mediaによると、一部の映画館では3D上映が予定されているんだとか。もはや映画というよりアトラクションか?

日本版サイトはまだ登場キャラクター紹介のみだけど、今後、どういう展開になるのか不安。とりあえず、“壮大なスケールでおくる夢と友情の冒険ファンタジー”みたいな路線はやめてほしい。そのフレーズ禁句。(他の作品においても。)あと、親子愛を強調されるのもイタイかも…。公式サイトのキャラクター紹介を見ると、チキン・リトルは父子家庭で、お父さんは小さすぎる息子のことを心配するあまり信頼していないという設定のようなので、このあたりをことさら強調されると“「ファインディング・ニモ」のパクリ”と叩かれる恐れがありそうな。なんだか公開前からこんなにハラハラさせられる作品は初めてかも(笑)

とはいえ、作品自体への期待感は、全貌が明らかになればなるほど高まってきていたり。

元々「チキン・リトル」というのは、臆病者のヒヨコが頭にドングリが落ちてきたのを空が落ちてきたと勘違いして大さわぎするという寓話みたいなもので、ディズニーはこの題材で1943年に短編アニメーションを作っていたらしい。これ、Walt Disney TREASURES(北米版DVD)の“On The Front Line”に収録されているんだけど、観る予定がないのでとりあえず“Disney A to Z”で調べたところ、空が落ちてくると信じた頭の弱いチキン・リトルが家畜たちを扇動し、皆で洞穴に逃げ込んだところを狡賢いフォクシー・ロクシーに食われてしまうという、残酷なお話だった。戦時中の教訓話として作られたもので、アメリカ人にとっては複雑な思いのする題材みたいだが、これを知って、ますます楽しみになってきた。

だって、臆病な愚か者と非難されて、歴史的にひどい扱いを受けてきたちっちゃなチキンが、今度はヒーローになるお話なんでしょ?蔑まれてきた者に思いを寄せるという、うれしくなるほどディズニー的な展開で、しかも、かつてのディズニーがやったことを覆す形になるなんて、心憎い。(近年、「リロ&スティッチ」が「みにくいあひるの子」(1939年版)を書き変えたのと少し似てるかな。)こういうの、今のディズニーを嫌っている昔のディズニーのファンからは反感を買いそうだけど。やっぱりフルマー&ディンダル作品、一筋縄ではいかなそうでスリリングだ。

キャラクターを見ていても、ディンダルらしくってにやにやしてしまう。チキン・リトルの仲間たちがいい感じで、個人的に特に気になるのが“Fish Out of Water”(日本名はただの“フィッシュ”;)、言葉をしゃべらず、何もわかってなさそうでいておいしい役どころっぽくて、かわいいぞ~。マーケティング側の無駄な力の入りっぷりから察するに、ディンダル作品では異例のグッズ展開もありそうだから、この点は期待させていただきましょう。悪役のフォクシー・ロクシーも、優等生の人気者で、悪気はないけどおバカな手下(グーシー・ルーシー)を連れてるという設定が「キャッツ・ドント・ダンス」のダーラ・ディンプルや「ラマになった王様」のイズマを彷彿させて、期待大!

…正直この作品、ひとこと“「ラマになった王様」のフルマー&ディンダル最新作”って書いた方がよっぽど宣伝効果があるような気がする。

ミニアンケート:7月

7月です。暑いです。今月のミニアンケートのテーマは、“夏、リゾートに連れて行きたいディズニー映画”。選択肢は、アウトドア系で夏っぽい作品を思いつくままにピックアップしてみた。海リゾート派と山リゾート派で分かれるかな?(舞浜リゾート派(笑)は「アラジン」だろうけど、敢えて外してみる。)かくいう自分はこの夏なんだか身動きがとれなそうなので、映画でリゾート気分だけ味わって終わりそうな(泣)

そうそう、言わなければ誰も気にしないというかたぶん知らないって話だと思うけど、今年は7月2日の更新予定ナシ。すいません…
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